平成26年5月号
(第193版)
〜 思い出話し 〜
 
サンヒルきよたけ  楠田

 今回、2回目登場の、タオラー楠田です。また私の嫌な季節がやってきます。まー、汗かきな私ですから、夏が嫌なわけではないのですが・・・。
 さて、今回は何のお話を、いたしましょう? 前回が、サンヒルに来た時のお話だったので、今回は9年間を振り返る意味で、思い出話しをいたしましょう。
38歳でサンヒルに来た時は、20代の3人娘達と入所に配属され、3人娘はそれぞれ嫁に行き、子供をもうけているのに(1人はまだ独身ですが)私は、名字も変わらず、1人の生活を未だにエンジョイしています。
 何かを始めなければと、5年前に通信性の看護学校に行く事になりましたが、なにせ40代のおばちゃんです!暗記が出来ず、かなり悪戦苦闘しました。5分前に覚えた筈なのに、あれ???こんなんで、国家試験に合格できるのか?と思い、入学金払って、今なら入学金だけで済むと思った時もありましたが、以前、迫田病院で一緒に働いていた2人の同僚が、偶然にも一緒の学校に入学し、かなり、いや、大分助けられ、2年間を無事終わる事が出来たと思います。感謝・感謝です。(合掌)
 学生中は、仕事をしながら、月に1回〜2回学校に行き、講義や試験を受けていましたが、前日が当直明けで、始発の電車で鹿児島まで通っていましたが、当直明けで趣味を楽しみ夜遅くまで遊んでいた時もありました。私も若かった。(笑い)
 国家試験の時も、学校の友達と一緒のホテルに泊まり、朝ごはんの時間に私の部屋に迎えに来てくれたのですが、私が部屋から出てこない為、部屋の前で数名、人だかりが出来ていました。私は、露天風呂に入り気持ちよく部屋に帰ってきて、人だかりにびっくりするやら、申し訳ない気持ちでした。しかし、そんなこんなんで、国家試験に臨み緊張もせず無事に合格できたと思います。今も、3ヶ月ごとに、その友達と都城の同級生と8〜10名で、宮崎⇔都城とで同窓会を行っています。40〜60代のおばちゃん達ですが、他愛のない話をし、美味しい食事を食べる一時を、唯一の楽しみにしています。

 卒業して3年経ち、又何か始めなければと、思っていますが何をしていいのか?運動をしようかと思いますが、わたしでも出来そうな運動があったら教えてください。とりとめのない話をしましたが、お付き合いして頂きありがとうございました。 また機会があったら、私の趣味のお話でもいたします。おしまい。

〜 こんなに大きくなりました 〜
 
迫田病院 黒木

 改めまして、2階病棟に勤務しております看護師の黒木といいます。当院に入職して12年目に入り初めてのエコーリレーが回ってきました。エコーリレーが回ってくると何を書いたらいいのか分からない…と皆さん頭を悩ますようです。私もそうでしたが、この4月に長男が小学1年生になりましたので、皆さんに感謝の気持ちが伝えられたら…と考えました。
迫田病院に入職して、結婚・出産といくつかの役割を持つこととなりました。小さい子どもを抱えながらの3交代勤務は本当に目まぐるしいものです。夫や義母からの協力はもちろん、子どもたちの我慢も少なからずあったと思います。ですが、家族の協力だけでは乗り越えられないこと も沢山ありました。

 一緒に夜勤をしながら母親になってくれた託児所の先生方、子どもが病気の時には快く勤務調整をしてくれた上司とそれを引き受けてくれた病棟スタッフのみんな。闘病中にも関わらず、逆に私を励ましてくださった入院中の患者様やその御家族様。本当に感謝、感謝、感謝です。おかげで私自身、これまで頑張ることができましたし、二人の子どもも長女小学4年生、長男小学1年生になりました。太陽みたいに人に暖かい子になりますようにと名づけた長女、日和(ひより)は何故かおてんば娘へと成長し、自分で決めたことは最後までやり遂げる心の強い人になるようにと名づけた長男、叶人(かなと)は甘えん坊な子に育っております。今はまだちょっと期待はずれですが、さすが黒木家の子だな…と思えるような成長ぶりです。
 そして、昨年夏に新しい家族が仲間入りしました。次男(?)のポンズです。1歳3ヶ月のやんちゃ坊主。全身ふわふわのポメラニアンです。二人の子どもがあまり相手をしてくれなくなったので、今は次男に癒されています。トイレを壊してこの1年で何と6回の買い替え!!こうして、忙しいながらも、毎日楽しく過ごしております。まだまだ、子どもたちに手がかかる時期は続きますが、これからは協力してくれたみんなに少しずつでも還元していきたいと思っています。